恩師からの手紙

高校三年生の頃に、恩師から頂いた手紙が出てきたので、無くしてしまわないように書き起こした。今読んでも思い出して涙してしまうような心に響く内容だった。

すべて実名だけれど、ここに保存しておこうと思う。

もう12年も前、2006年の夏の出来事。

 

近江秀明選手へ
 
改めて、インターハイ出場おめでとう。
八種競技という過酷な競技での出場は、特に価値があると思います。
祝福と激励と羨望と嫉妬を込めた文章を、贈ります。
読めない漢字があったら、辞書を引きながら読破してください。
 
まずは、以前教室でした話をもう一度紹介します。
今の仕事に就いた最初の高校で、幸いなことに僕は本物のスプリンターと出会い、陸上競技を含めたスポーツ全般、さらに肉体そのものへの考え方が一変しました。土のトラックだけだった時代の100M手動計時県記録を持っていた10秒6を持っていたその体育の先生は、「首から上」つまりイメージを最優先する人でした。それを象徴するのが、「10秒台で走っていると、どんな風景が見えますか?」という僕の質問に、その人が返した「肉眼で見える風景は、ゴール時に180度の視野の中に敵がいるかいないかだけだが、頭の中ではスタートからゴール直前まで、肉眼で見るよりも遥かに鮮明に自分が理想とする走りのイメージが見えている。」ということばでした。
また、一緒に顧問をしていた女子ソフトボール部の練習が終わるたびに、選手たちの「ありがとうございました。」という挨拶に対してその人は、
あとは頭を鍛えてください。」と毎回言っていました。こんな言葉で練習を締めくくる指導者は、そうはいないでしょう。僕も二校目に転勤以降、練習を終えた選手たちに「あとは頭を鍛えてください。」と言い続けていました。本人には無断のパクりです。
 
四年後に転勤した二校目の高校では偶然陸上部の顧問になり、自分では経験のない陸上競技をゼロから勉強しました。すべての種目をほとんど一人で指導していたので、苦労しました。今振り返ると赤面するような、的外れな指導もしたことでしょう。けれども「頭優先の指導」だけは、モノマネではありましたが守り続けました。
一年目の1988年は、三条高校陸上部の大先輩である真保学選手が800Mでインターハイ優勝を果たした年です。「トラックの格闘技」と呼ばれる種目で時には激しく、時には冷静に戦いながら、地区大会・県大会と優勝していった彼の姿は今も記憶に残っています。インターハイの決勝でスパイクされた足を鮮血に染めながら僅差で逆転優勝した姿も、NHK教育テレビの中継で見ることができました。その写真が、教室棟一階の多目的スペースに飾ってありますね。
 
僕自身の指導実績は、二年目の六月に女子3000Mで北信越大会13位、四年目の九月に男子100Mで秋季地区大会三位、県大会準決勝進出というささやかなものでしたが、自己ベストが11秒台前半だったその彼と翌年に向けて「10秒台で走ろう」という誓いを立て、冬場に筋力トレーニングとフォーム作りに励みました。小柄で前半型だった彼に後半の走力をつけるために、特に体幹を強化しました。また、上方向に使われがちだった力を前方向に向けるために、腿を上げる高さを抑えて膝下を前に振ってストライドを伸ばすフォームを目指しました。未熟な指導者と素質が花開いてきた選手の、教え合いと学び合いによる二人三脚の練習でした。
翌春、僕は三校目の高校に転勤になってしまいましたが、休日に僕が当時住んでいた長岡の競技場に彼を呼んで練習することもありました。
 
そして、いよいよ六月の県総体。会場は新潟市陸上競技場。消耗を防ぐために前年から決めていた通り4×100Mリレーはエントリーせず、100Mだけに出場しました。僕が長岡から駆けつけた直後に行われた準決勝(二組三着とタイム上位者二名が決勝進出)では、幸い組に恵まれて三位で決勝進出を決めました。タイムは決勝進出八名中八番目。繰り上げの二名はどちらももう一方の組から、さらにその組の六位、つまりギリギリで繰り上がらなかった選手よりも0.01秒遅いタイムでの決勝進出でした。神様がいたとしか思えません。自分が指導した選手の決勝進出は、夢のようでした。
決勝前に彼と二つの話をしました。順位は二の次、去年の秋に二人で立てた誓い「10秒台で走る」を実現しよう。そして、もう一つ。前半は以前から強い。スタートダッシュにすべてを賭けよう、と。
 
決勝のピストルが鳴りました。ほぼ完璧な飛び出しでした。「行ける」と思ったその瞬間、もう一度ピストルが鳴りました。他の選手がフライングだったのです。
「神様、もう一度今のスタートを。」祈りました。
そして、二度目のスタート。一度目よりも一瞬遅れましたが、前半はトップでした。しかし、70M付近から徐々に抜かれ、結局七位でゴールし、彼のレースはすべて終わりました。
 
後半は抜かれたものの、今までで最もスピードを保ったままゴールできた会心のレースでした。秋からの練習は確実に実ったのです。レース後の清々しい笑顔が、それを物語っていました。
タイムは、11秒00。公式記録の掲示を何度見直しても、11秒00。自己ベストでしたが、僕たちの誓いは残念ながら実現しませんでした。
これで僕たちの二人の陸上競技は、すべて終わりました。
 
三校目の長岡大手高校では、男子テニス部を指導しました。硬式テニスです。一校目の最後の年からテニスは趣味で始めていたので、実技指導自体は陸上ほど苦労しませんでしたが、元々女子校だった大手高校の三百人しかいない男子の中から集まってきた、当時は今よりも遙かにリクレーション性やリゾート色の強かったテニスを選んだ少年たち。軟弱でした、いい加減でした。「テニスシューズの紐をもっと締めなさい」と指導すると、つま先の方からではなく、結び目の部分だけを思いっきり締める生徒がほとんどでした。他にも、陸上競技では考えられないような光景に、多く出会いました。「テニスはスポーツである」という当たり前の考えが欠けていたのです。
 
しかし、僕と選手たちの努力が報われる時が来ました。就任三年目、僕が赴任した年に入学してきた選手たちが三年生になった、1994年県総体団体戦。会場は二校目のスプリンターが最後のレースを走った新潟市陸上競技場隣の、今は無き白山テニスコート。これも何かの巡り合わせだったのでしょうか。
テニスの団体戦は、一校につきダブルス一組とシングルス二人の計三本による、二本先取のトーナメントです。大手は第一シングルスとダブルスが三年生、第二シングルスが2年生でした。彼らは第四シード下から勝ち上がり、あれよあれよという間に、なんと前年までの大きな目標だったベスト8に初めて進出したのです。
ノーシードからのベスト8に驚きつつもかなり満足していた僕は、選手たちに軽い調子で言いました。「選手たちが口だけで言っていたベスト8を実現しました。さあ、次はどうしますか?」
ところが、三年生三人から帰ってきた答えは意外にも力強く、「三年生の力で、次も勝つ。」でした。それでも半信半疑だった僕は「よーし、勝つところを見せてもらおう。」と返し、新潟第一高校との準決勝が三本同時に始まりました。
 
最初に第二シングルスが負けてしまい、三年生のダブルスとシングルスはもう一敗も出来ない崖っぷちに立たされました。が、ここから有言実行のドランが始まりました。ダブルスが接戦を制して一勝一敗とし、両校のエース同士のシングルス対決になりました。相手は二日後の個人戦シングルスで三位になり、インターハイに行ったキャリア十年の選手。一方、大手のエースは中学でソフトテニスをしていただけの、キャリア二年二カ月。誰の目から見ても、相手が有利でした。
ところが双方5ゲームずつを取り合い、第11ゲームに入る接戦となりました。相手はキャリアの長さを利して、セコいことも含めていろいろなことをしてきました。大手のエースは自分のプレースタイルを貫こうと、時には雄叫びを上げながらひたすら打ちまくりました。どんな手を使っても何とかして加藤としていたのが相手の選手であり、一球一球にベストを尽くそうとしていたのが大手のエースでした。彼の打つボールには、魂を感じるほどでした。
 
勝負を分けたのはスタミナでした。僕は陸上の指導経験を活かして毎日の練習後、約3キロのランニングをこの団体戦に向けて課していました。次第にバテていき凡ミスや弱気なプレーが目立ってきた相手に対し、大手のエースは逆にプレーの精度が上がっていきました。5-5から2ゲームを連取し7-5で勝ち、2勝1敗で大手が準決勝に進みました。
僕は驚きました。とともに、彼らを尊敬しました。これこそが「成長」である、と痛感しました。蝶にたとえれば、四匹の幼虫が同じ一日でサナギになり、一気に浮かして飛び立つ瞬間に立ち会ったようなものです。
 
準決勝の相手は前年優勝の第一シード・東京学館でした。日もとっぷりと暮れたナイター照明の下で、準々決勝と同じく、三本同時に試合が始まりました。最初に第二シングルスの二年生が敗れて、またもや崖っぷちです。しかし今度は準々決勝のおうには行きませんでした。残念ながらダブルスも、良いプレーをしていたものの、4-6で敗れ、0勝2敗で大手の敗戦が決まりました。
 
ところが、途中まで進んでいたエース同士のシングルスが、6-6後タイブレークに入る大接戦となっていました。相手のエースは前年個人戦シングルス二位、その年の個人戦シングルスでは優勝した県ナンバーワン選手です。団体戦の勝敗がついてのですから、熱戦とはいえその試合は途中で打ち切りになるのですが、誰もそれを言い出さず暗黙の内に続行されました。今思えば、極めて教育的な配慮でした。特に、自校エースの無駄な消耗を覚悟のうえで、打ち切りを言い出さなかった学館の監督には頭が下がりました。
結局その熱戦も学館のエースが勝ち、大手は0勝3敗で敗れました。学館は翌日の新潟高校との決勝も制して優勝し、個人戦のダブルス・シングルスと合わせて三冠に輝きました。敗れた大手も県総体団体戦三位という誇らしい戦績を残し、大会を終えました。
この時の三年生は今年で三十歳になりますが、今も親しくつきあっています。僕にとっては教え子であり、親友であり、また恩人でもあります。
 
ところが、ドラマはまだ序章だったのです。
 
この日のスタンドでは、二ヶ月前に入部したばかりの一年生たちが応援していました。彼らの中には当時の大手らしからぬ、荒削りながら「大器」を予感させる生徒が二人いたのですが、その二人が他の一年生をけしかけて「俺たちは二年後に学館をやっつけて、インターハイへ行く。」という、なんとも無謀な誓いを敗戦直後に立てていてらしいのです。
 
そして、その二年後の1996年6月、上越市高田公園テニスコート。県総体男子テニス団体戦準決勝、長岡大手対東京学館。二年前の一年生が立てた無謀極まりない誓いは、彼ら自身の手によって見事に現実となったのです。それまで公式戦でも練習試合でもほとんど勝てなかった学館に、苦戦を予想していたシングル二本を先取して快勝したのです。
続く長岡高校との決勝戦では予想外に苦戦はしたものの、最後は力でねじ伏せて初優勝を果たし、高橋哲朗監督は高田公園の宙に舞ったのでした。
数日後、選手たちから二年前の誓いを初めて知らされた僕は、ただただ驚嘆しました。
 
けれども、ドラマはこの後も続くのです。
しかし、これから先は、残念ながら悲しいドラマになります。
 
優勝の二ヶ月後、山梨インターハイへの出発準備をしていた僕に、一本の電話が入りました。かけてきたのは、二校目で指導したスプリンターの三年時の担任の先生でした。僕が大手に転勤した年に、三年に進級した彼のクラス担任をしていた先生です。担当強化も僕と同じ国語でした。電話の内容は、唐突で悲しいものでした。
スプリンターの彼が亡くなった、というのです。当時大学四年生になっていた彼が、大学近くの工事現場で遺体で発見された、というのです。数日前の新聞で知ったとのことでした。僕もすぐに新聞で確かめました。不慮の事故死でした。
ショックでした。どうしていいか分かりませんでした。自分だけインターハイという晴れの場へ行って良いのだろうか、とも考えました。が、結局テニスの選手たちには直接関係のないことだと割り切って、甲府市へ出発しました。
 
インターハイでは一回戦で広島県代表の修道高校に敗れて、僕たちの戦いはすべて終わりました。選手全員がベストを尽くしましたが、その年の秋に行われる広島国体に向けて強化が進められていた相手との力の差は歴然でした。
敗戦後、テニス会場隣の陸上競技場で、男子の400M決勝と100M準決勝を観戦しました。400Mは広島皆実高校三年だった為末大選手が日本高校記録で優勝し、100M新潟県代表の東京学館三年だった田村和宏選手は、残念ながら敗れました。
 
観戦しながら考えました。
僕と今年の選手たちがここまで来ることができたのも、二年前の三年生の活躍があったお蔭だ。またそれも、亡くなったスプリンターと一緒に陸上を学んだお蔭だ。そしてそのルーツは言うまでもなく、一校目で出会った本物のスプリンターにあるのだ、と。
陸上競技に支えられながら僕はここまで来たのだ、と痛感しました。種目はテニスに変わっているけれど、二人のスプリンターと一緒に今ここにいるのだ、と感じました。そして、亡くなってしまった二校目のスプリンターの姿自体は、それこそ10秒台で走っている最中の風景と同じように肉眼では見えなくなってしまったけれど、心の中でいつまでも見続けられるのではないか、と思えました。
 
何かが少し吹っ切れました。それが何であるかは今でもよく分かりませんが、高そうに見えていたハードルの一台目を超えられたような気がしました。
 
僕は大手に八年間勤めた後、長岡高校に移りテニスの指導からも離れました。そして、四年後に三条高校に移り、三年目の今年、三年理系の教室で君と出会いました。
 
自分が監督として出場した唯一のインターハイのちょうど十年後に、自分が教えている三年生が出場する、しかも自分を支えてくれた陸上競技のインターハイを観戦できるとは、夢にも思っていませんでした。こんな機会を与えてくれた君に、心から感謝します。本当にありがとう。
 
たかだか週二単位の現代文の担当者が、君のような北信越のチャンピオンを祝福し、仕事のついてでとはいえ大阪まで観戦に行ってしまうということが、さぞかし不思議だったでしょう。けれども、こんな僕にもこんなドラマがあったのです。少しはわかってもらえたでしょうか。
 
駄文を長々と連ねてしまいましたが、最後に一つだけお願いがあります。
最終種目の1500Mでゴールしたら、「ゼロ」になってください。全力を出し尽くして終えることができれば、たとえ入賞できなくても、君は「勝利者」になれるでしょう。得点争いでの勝利者ではなく、一人のアスリートとしての絶対的な勝利者です。
最大の目標は、「ゼロ」です。
 
「ゼロ」になった君の姿を見ることができたなら、スタンドのどこかから静かに、そして何年かぶりに僕は言うでしょう。
 
「あとは、頭を鍛えてください。」と。
 
2006年盛夏
高橋哲朗 

 

当時のことは今でも覚えている。

生涯ベストの走高跳198㎝を跳んだ時の、空と地面と会場の空気との一体感や、

もう走れないというところまで走り切った最後の1500m。

少しでも順位を上げたかったのに自分の動かない足を責めて、ゴール後に泣き崩れた。

8回のドラマを繰り返し、自分はゼロになれていただろうか。

 

おそらく先生は「あとは頭を鍛えてください」と競技場の片隅でつぶやいただろう。

表彰式にまで残っていてくれた先生はとても笑顔だった。

 

先生はその頃から肺に重い病気を持っていたそうで、

真夏に大きなスタジアムの階段を上るのはしんどいねと言っていた。

20歳を超えてから何度か地元に帰るたびにお酒を一緒に飲んだ。

忌野清志郎が大好きだと言っていて、当時先生の影響でよく聞いていた。

何度もお会いできないうちに病気が悪化して亡くなってしまったけれど、今でもとても尊敬している先生。

 

大学では大きな結果を残せず、高校時代の熱い想いはどこへ消えてしまったのかと悩んだ。この挫折感を子どもにぶつけてしまわないようにと、今教育者になってはいけないと思ったのを覚えている。

 

今ならずいぶん和やかな気持ちでスポーツに関われる気がしている。

いつか恩を返していきたい。

 

 

 

 

風邪を引いたので、ちょっと整体的に過ごしてみた。

 5年近く平均化訓練という稽古法をやっていて、初めてまともに風邪を引きました。

平均化訓練はもともとは野口晴哉という人が体系建てた整体理論から発展して来ている稽古法です、といつものように平均化訓練の説明をしたくなるところを抑えつつ、風邪の経過について少しまとめておきます。

また、整体や平均化訓練は知識でなく実践の学問であり、生き方であると思っています。何かを読んでわかったつもりになることが多いものですが、身体を通して学ぶということについて、少し思うことがあったのでまとめています。

 

風邪の効用 (ちくま文庫)

風邪の効用 (ちくま文庫)

 
  • 風邪の効用について

  • 風邪を全うすると身体が良くなる?

風邪の効用という本は、2003年にちくま文庫から出た書籍で、今では「常識を疑え!」というカバーと共に、よく本棚に並んでいる本で見たことがある方も多いと思います。15万部近くも売れているそうで、この本がそんなに売れるのかと正直不思議な気分でもあります。

 

「常識を疑え」というカバータイトルも秀逸で、現代的な意味での常識とは少し違った考えでこの書籍が記述されているため、驚くことやまた本当かな?と確かめづらい部分もありますが、いくつか代表的な記述を紹介してみようと思います。

 

健康な体というのは弾力があるのです。伸び縮みに幅があるのです。ところがその人のいつも使いすぎている場処、これを偏り疲労部分と言いますが、そういう使い過ぎというのは偏り運動ですから、偏り運動のいつもおこなわれている処は偏り疲労が潜在している。自分では感じないけれども、触ると硬くなって、筋肉の伸び縮みの幅が非常に狭くなっている。

 

高血圧を怖がりますが、その前に体の弾力という面から体を見ていくと、突然、脳溢血で倒れるのも癌になるのも、決して偶然ではないのです。癌にしても白血病にしても、或は脳溢血にしても、自覚しないうちにフッと病気が重くなり、自覚した時は間に合わないというのが今の病気の特徴です。そういうのはその根本に鈍くなっている体がある。

 

ところが風邪を引くと、鈍い体が一応弾力が恢復するのです。だから血圧が高い人は血圧が低くなってくる。血圧が低くなるというよりは血管が柔らかくなってくる。血管にも弾力性というものがあって、体の中の血管の弾力がなくなって血管が硬張ってくる、すると破れやすい。…(中略)…人間の体中、或は心も含めて人間全体の弾力性というものを失わないように生活すれば、突然倒れるとかいうようなことはないわけですが、もし硬張ったとしても風邪を引くと治ってしまう。

だから、体を使っているうちに、或る一部分が偏り疲労の潜在状態になって、そういう部分の弾力性が欠けてくると風邪を引き、風邪を引いた後、恢復してくる。それで私は風邪は病気というよりも、風邪自体が治療行為ではなかろうかと考えている。ただ風邪を完全に経過しないで治してしまうことばかり考えるから、ふだんの体の弱い処をそのまま残して、また風邪を引く。風邪を引く原因である偏り疲労、もっと元をいえば体の偏り運動習性というべきものですが、その方より運動習性を正すことをしないで、いつでも或る処ばかり負担をかけているから、体は風邪を繰り返す必要が出てくる。それでも繰り返せるうちは保証があるが、風邪を引かなくなってしまったら、もうバタッと倒れるのを待つばかりである。

これらの文章に野口晴哉の研究全体の本当に本質の部分がかなり凝縮されて書かれているように自分は感じている。紹介しているとキリがないので、自分の風邪の経過について、感じたことをもとに備忘録としてまとめておこうと思います。

  • 今回の風邪の経過について

今回の風邪は約4日間続きました。最初の日は38度の熱が出て、少し喉が痛み、横になっていると少し筋肉痛のような体の感覚です。いわゆる普通の風邪という感じで、近くの内科を探してインフルエンザでないかだけ検査を受けました。熱の出始めに通院したために検査はできなかったのですが、症状的にも時期的にもインフルエンザではないだろうという診断で、一応翌日もう一度受診をするようにと言われて、やはり陰性でした。

その間の身体で感じたことは、とにかく寝相が悪いこと、一つの姿勢を続けていられない感覚がありました。また、布団を被っていても寒く、それでいて暑く、、身体が痛い状態。また、汗が出ないタイミングと一気に吹き出るタイミングがありました。

結局ずっと3日間高熱だったので、自分がやっている平均化訓練や、整体のことを思い出しながら寝込んでいたのですが、風邪の時はとても背骨が硬い感じがすることに気づきました。(背骨を基準に語ることが野口整体に関わる人的な発想なのですが笑)

胸が開かない感じがして、胸が真ん中のあたりが硬い感じ、また腰の一番下の方が固まってどんな姿勢をしていてもこわばりが取れない感じがずっとしていました。これを背骨観点で観察していくと、肩甲骨の1番寄った場所にある胸椎5番という骨、ここがグッと硬く力が入っていて動きにくい感じ、また、腰椎の上の方や骨盤の上の方も同様の感覚がありました。

寝相が悪いと書いたのは、一つ理由があって寝相はこういった疲労が偏った部分の疲れを抜こうとする自然の動作でもあると、整体的には捉えられます。自分の場合は、腕を上げながら寝たり、足を片方だけ上げたり、上半身と下半身を捻って寝たりと普段しないような寝相をして寝ていることに気づいて、それを元にどこに疲労感があるのかを見つけて面白いなぁと思いながら観察していました。

この寝相や、背骨のこわばり具合は風邪が進むに連れて少しずつ変化してきます。3日目の夕方くらいに上胸部の緊張感がフッと抜けて、呼吸がしやすくなりました。ただ少し腰のあたりのこわばりは残っていたので、もう少ししたらよくなるのかな、という感覚でいると翌日には37度台まで熱は下がり症状は収まってきました。まだ、喉の痛みは続いていますが…約4日間死にそうになりながら風邪の変化を楽しんでいました。

 

今となって元気になって改めて風邪の効用を読み直してみると以下のような記述があります。

 

前屈する癖のある人が風邪を引いた時は、胸椎五番といって、汗を出させる場処に圧定愉気をしていると汗が出てくる。冷汗でなくて、体の中の体温調整の汗です。この胸椎五番は、首を下げると飛び出す椎骨(頚椎七番)のすぐ下から数えて五つ目の椎骨で、肩胛骨が一番寄っているところのすぐ下がそれです。前屈体癖の人の背骨をおさえてゆくとその椎骨だけが飛び出している。その上下の椎骨を押さえてみると、五番だけ動きが悪い。だからふだんのその人の体の使い方を知らなくとも、五番の椎骨を前後に動かしてみると動きが悪く、その骨だけ飛び出している、そういう人は前屈する癖を持っている。

そういう人が風邪を引くと、まず喉と鼻の間から引くのです。その最初の兆候は鼻に出る。細かい問題を言うと、体が前屈してしまう元は腰椎一番といって、体を反らせたらする時に一番動く骨にある。この腰椎一番の動きが悪い、ここが弱い体の構造のために前屈してしまう。そういう癖がある人は胸椎五番がいつも鈍くなり、鼻から風邪を引いてくる。正確に言うと鼻と喉の中間から風邪を引いて、一つは鼻へ行き、一つは喉に行く。そして腰椎一番という処のちからが抜けていることがその特徴で、胸椎五番が飛び出している人の腰椎一番を押さえるとやはり硬くて動きが悪い。この二つの条件が揃っていれば、その人は前屈体癖があると見てよい。

こういう前のある人が風邪を引いた時は、胸椎五番に愉気をしていれば良くなり、それが治る時には腰の一番にも弾力が出てくる。だから、腰椎一番に弾力が出る日を待っている。胸椎五番に愉気をしているうちに弾力が出てきたら、それでもう風邪は抜ける。その時に恢復しなければ、その次の時にまた愉気をしてみる。そうして腰椎一番に弾力が出だした時が風邪の抜ける時である。

全部書いてあることと体の状態が合っていて、怖いくらいでした。。

後もう1個、寝相について。

寝相は活元運動*1

だいたい風邪を引く前は皆、寝相が悪くなるものです。潜在している偏り疲労が順々に恢復しようとする動きを起こすので皆、寝相が悪くなる。寝相が悪いので、風邪を引いたという人がありますが、風邪を引く過程として寝相が悪くなるので、無理に寝相を良くしていたら風邪を引かないどころでない、もっと重い病気にかからなければ間に合わない体になってしまう。…(中略)…寝相が悪いというのは疲労を抜く活元運動のようなものなのです。だからそれを抑えてはいけない。寝相が悪くて風邪を引くというのではなくて、風邪を引く過程として寝相が悪くなり、偏り疲労を直そうとする要求、或は体周期律の高まりが起こって、それから風邪になるのです。風邪を引いてしまうと疲労が平均するから、俄然、寝相はよくなる。

これについては風邪を引いている時も寝相が良くなりきっていなかったなぁと思っていて、それも長引いた一因かなーなんて思ったり。

  • 愉気と背骨の観察について

また、この記述を読む前に、風邪の最中にパートナーにずっと愉気をしてもらっていたので、愉気についても少し書いてみようと思います。

整体法の中で「愉気」という手法があります。二人で行う実習ですが、愉気を受ける人はうつ伏せになります。愉気をする人は相手の背中に手を当て、息を深くして、手から息を吐くような「つもり」になって呼吸をしていく、という実習です。ポイントは、手を置くときに、相手の吐く息の速度に合わせて手を当てるということ。そのことを整体法の講座では実習をします。

相手の悪いところに自然と手が行くとか、ホントかよ。。。という説明や、愉気をしたらすべて治る的な記述もあって、、疑心暗鬼ばかりなのですが、今回の風邪を通してやはり愉気は凄いと思わざるを得ませんでした。愉気というよりも本質は互いにコミュニケーションを密にとっていくこと、それだけかもしれませんが…。

 

愉気の実習では背骨を触れる実習も含んでいるため、一つ一つ背骨を触って気になるところに手を当てるという実習をします。この気になるというのはわかってもわからなくても良いと説明はされますが、本当にわかるときもあればわからないときもあるのです。お互い実習をしていると何となくこのあたりに手を当ててほしいなというところに手が当たったり、この背骨が硬いなと思うところに手が当たることがあります。そしてそこに手が当たると少し自分の意識もその手の当たっている部分に集まりますから、ゆっくり緊張が緩んだり、気分が楽になったり、呼吸が落ち着いたりするものです。

 

何やら気を送ったり、不思議な実習のようですが、そこにはしっかりとした二人のコミュニケーションがあり、身体を思いやる会話があります。そして、なんだかわからないけどここに手を当ててあげると相手に良いのだろうという部分をなんとなく見つけて手を当てる、そうすると相手の呼吸が少し深くなる、そういった身体を通したコミュニケーションであり、お互いの身体を思いやる元から人間に備わった能力を育てていくような実習です。

今回の風邪では、パートナーにほぼ毎晩愉気をしてもらっていたのですが、よくお互いの背中を触っている分、普段のこわばり具合との違いを感じて手を当てたり、以前学んだ簡単な操法をして緊張をした部分を緩めてもらっていました。

その時に驚いたのはパートナーは全く風邪の効用を読んでいないのにも関わらず胸椎5番の硬さ、腰椎1,5番の硬さを気にしてそこに手を当ててくれ、自分が胸椎が緩んだと思えばそのように言ってくれたことです。

風邪の効用の記述の正しさに感心すると共に、大事なことは知識ではなくそこにいる人に対して丁寧に接する気持ちであって、そこに愉気の感覚があれば少しの身体の変化に気づいたり、またそれをより良い方向に変化することを助けられるのだなと気づきました。

こういってしまうとオカルトになるので、もう少し説明すれば愉気の感覚とは、相手を思いやり、過剰に心配することもなく、無関心でいることもなくいつもと変わらず接するようなまなざしのようなコミュニケーションの感覚だと思っています。また、深い肯定の感覚とも言えるかも知れません。相手の身体がどういう状態か、精密にわからずとも、なんとなくいつもよりこわばっているなと感じる所に手を当てる、すると少し力が抜ける、それをお互いに感じ取って程よい所で終える、それが愉気です。

自分は、わかろうがわかるまいがそこにある自然の良くなろう力や、生きようという本質があるというのを初めて深く感じ取れた気がします。

 

  • 整体的生活自体が基礎であり、奥義である

 最後に長い文章になりますが引用と少し感想を書いて終えようと思います。

これは整体の基礎であって、奥義のような文章だと思っています。

 

愉気の方法と、腰椎一番を伏臥して抑える要領はよく覚えておいて頂きたいので、その説明を最後にいたしておきます。そのやり方は愉気をするにしても、五番という特定の場処を押える場合には、掌の腕頭骨或は指先を使います。そして愉気をしていく。相手が息を吸い込んでくる度にちょっと押すということを二、三度やってからジッと愉気をしている。そうして相手が息を吐けば押し、吸えば弛める。そうやりながらだんだん押していく。そうしているうちに相手の体がフッと弛んできます。自分の押さえている手がフッと中へ入っていく、相手はフッと弛む。その弛んだ時に急にフッと手を放すと、一挙に風邪の治る方法になる。弛んだ時にフッとやると相手の体全部が緊まってきて治るのです。これはごく難しい技術ですけれども、漫然と愉気をしているよりは退屈でないかもしれない。機会があったらそういう放し方をやってごらんなさい。けれどもそうしなければ治らないのではない、ただそうやると非常に手際よくいくというそれだけなのです。

もし五番がどこだか判らなかったらだいたいその辺でいいのです。肩胛骨の一番狭まった処の背骨に手を当てていればどこかそう遠くない処に当たっているでしょう。手にやる血だって、お腹にやる血だって、お尻にやる血だって皆、口から食べていますね。お腹から食べるわけではない。口から入れさえすれば、皆ちゃんと行くところに行くのですから、愉気でも同じことです。何もそう場処を厳重にする必要はない。ただそれを厳重にしておかないと治ることは判っても経過が読めない。手を当てている相手に「治りましたか」と訊かなくてはならなくなる。ところがキチンと押さえて愉気をして、胸椎五番の飛び出しているのがスッと引っ込む時にフッと放しさえすれば、その人に「治りましたか」と訊かなくても「これで治った」と言えるのです。これはほんのちょっとの違いですが、強いです、治ったのが判るということは…。わざわざ五番と決めるのはそういうためで、そういうことができない人だったら肩胛骨の間に手を当てる。特に子供などの場合には掌を全部当ててしまった方が間違いがなくていい。

整体の本質と、技術の本質を表した名言だと思います。

愉気自体、手を当てるという非常に簡単なことで自然に手が当たる部分に手を当ててて息を深くしていれば良いことです。自分も普段取り組んでいますが、何となく手が当たる部分に手を当てて実習をしています。それで確実に身体は弛むのです。

そこにまた当然理屈もありますし、風邪の時はどこに手を当てると良いということも知識として存在します。ここでは胸椎五番という言葉で明言していますが、これも野口晴哉自身が他者が風邪の時にただ相手を思い手を当てていると自然と手が当たる場所だから気づいたと言えるでしょう。そしてこれらの知識は、体験から後付として説明され提示されたものであるはずです。これをただ知識として吸収するのでなく、実践を通して学ぶことを少しでも説明できればと思いこの文章を書いていますが、少しでも伝わっていれば幸いです。

 

 ついでに、最近平均化訓練に来てくれない桐谷ヨウさんのブログからも一部引用させていただいて、、終わりにします。

同日、そのあとには今年から凝っている ボディーワークに行ってきたんですね。 「余力を残さない」「全力を出せ」「まわりを気にしない」 そういう発破をかけられて「今日は厄日か?!」と 思うくらい絞り切られたわけです。 だけど、終わったあとの感覚が清々しく、 なんというかひたむきでガムシャラだった頃の 自分を思い出して、懐かしかったんです。 そして、なにより気持ちが良かった。 師、曰く「普段その人がやらないことをやっているときが、セクシーな姿で、ソウルを感じる」。

自分の限界を手前に引いてしまうということ。 - My Favorite, Addict and Rhetoric Lovers Only

 この時の平均化訓練講座はホント最高でした。

 

*1:野口整体で紹介されている無意識に体をよくしようと自然と体から起きてくる運動の訓練法

陸上競技のトレーニング再開

久しぶりに走り始めました。

 

つい先日地元である競技会の日程を知りました。毎年出れたらなぁって気持ちがありつつ踏み出せなかったのですが、なんか今年はやってみようかなという気持ちが大きく、エントリーを前提にトレーニングしてみようと動き出しました。

 

十種競技やるからにはと思って、後残りの21週間をどう効率よくリソースを配分するか、頭を巡らせていました。

 

ただ今日の朝洗濯物を干しながらふと、今まで100mで勝てないけれど、どの種目もそこそこにできるから十種競技を選んだんだなぁと思い出したところに、逆転の発想が浮かんできました。

 

ずっと避けていた100mを全力で走るということをやってみようと。

なんとなく11秒を切って10秒台で走りたいとか男のロマンじゃないですか。

100mとか単純なものに、十種競技で色々とやった経験を活かしてみようと心を切り替えてみています。

 

さぁ再スタート。ぼちぼちやっていきます。

 

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2/25(日) 体和塾@銀座区

月1開催のヨガ×平均化訓練。
今回は、初の夜開催。
平均化訓練で全身への意識を鋭敏にした後、
ヨガで全身に呼吸を通していきます。
はじめての方も大歓迎です。

平均化訓練のパートでは、平均化訓練の理論に基づきつつ、平均化体操と型稽古(楷書体、行書体、草書体)を体験して頂けます。偏った身体の使い方に気付き、普段使おうとしても使えない働かない部分を育てていくことで、全身を満遍なく使い動いていくことの爽快さをお伝えします。

ヨガのパートでは、呼吸に身を委ね、心地よい姿勢を探っていきます。ポーズの強度も、呼吸の深さも、自分のペースを大切に、ただただ寄り添っていきます。

 

【日時】

2018年2月25日(日) 18:00 - 21:00


【会場】
銀座区民館1号室 和室
http://chuo7kuminkan.com/about/ginza.html
東京メトロ日比谷線銀座駅下車5番出口 徒歩2分
都営地下鉄浅草線銀座駅下車3番出口 徒歩3分

【講師】
平均化訓練 近江秀明
ヨガ 的場悠人

【会費】
2,000円
【定員】
10名まで

【申し込み】
hide123456aki@gmail.comまでご連絡ください。

【備考】
身体を動かしますので、動きやすい服装でお越しください
着替えも可能です。

ヨガについては、以下のウェブサイトを御覧ください。
http://asobukarada.hatenablog.com/entry/2016/11/05/111328

平均化訓練については、以下のウェブサイトを御覧ください。
http://heikinka-kunren.com/

http://hide123456aki.hatenablog.com/entry/2016/02/08/232224

平均化訓練についての質問と回答

peingで平均化訓練について、

いくつか質問が来たのでこちらに回答をまとめておきます。

 

質問①  平均化訓練をしてなにか変化を感じたことはありましたか??

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 回答

ご質問ありがとうございます。とても良い質問だと思います。
平均化訓練で感じる変化は、とても小さな変化で長いスパンで見たときにやっと感じ取れるようなものな気がします。この質問を受けて少し考えましたが、具体的に何がと聞かれると案外あれっなんだっけ?と思ってしまったくらいです。

 

僕が変化として感じることは、身体の状態が良い時、悪い時それぞれで起こる思考や行動のパターンへの理解が深まったことと、その状態の時に自らが身体をどう使って動いているかがなんとなく以前より理解できるようになったというようなものです。

 

一つ例を挙げるとすれば、自分が失敗をした時に、素直にすみませんという言葉をパッと出せるようになった、ということです。


ある時に、力みなくすみませんという言葉が出た時に、以前はパッと素直に謝れなかった自分がいたことに気づきました。
謝れないということはどこか自分に悪くないとか、何か捨てきれないプライドがあるような感覚に近いと思います。
この素直に謝れないということは、本当に自分が悪かった時に、自分を追い込みます。謝れなかったことをきっかけに下手な理論武装をしたり、悪い時にはそこに居づらくなりそこから逃げ出すこともあるかもしれません。

 

自らの失敗をただ素直に謝れているかどうか、他人にとって当たり前で些細なことも自分ではとても大きな変化だと感じることがあります。

その無意識にしていた一つの動作が変わった時に生み出す身の回りの変化は、案外大きなものだからです。

 

自分の身体の使い方の癖がわかり、少し嫌な身体の使い方をしている時に、無自覚にその嫌な方向に引きずられることが少なくなる。
昔であればなんでこんな失敗を繰り返してしまうのだろうと思うことを、他人のせいにしたり、環境のせいにすることが減り、自分の身体、そしてそこから出た行動が作り出したものとして捉え、自分の行動を少しでも良いものはシフトしたいと考え行動するようになる。平均化訓練で得た変化はそのようなものです。

 

ただ、わかっていても変えられないことは、疲れている時にラーメンを食べ過ぎてしまうことです…笑。最近はマクドナルドを選ぶことが減りました…人はなかなか変われません…。明確な答えではありませんが、参考になれば幸いです。

 

質問② 平均化訓練に取り組み続けている理由は何かありますか?

f:id:hide123456aki:20180211183613j:image

回答


単純に楽しいからです。体操自体がとても心地よく気持ち良いものです。1人でもできますし、複数人でやるとよりおもしろいものになります。

また、少し深い話をすれば、人は変わることができるのか?という問いに一つの解を与えてくれそうな気がするという点も続ける理由の一つです。
整体という分野を一代で作ったとされる野口晴哉先生のお孫さんの野口晴胤先生は、初代が明確に描き切れなかった実践の部分についてさらに研究を進めて、すべての人が等しく実践できる理論を作ろうしています。僕はその試みに共感しています。

 

質問③ 平均化訓練の実際の動作を視覚化して頂けたら理解が深まりそうなのですが、そういうことはできますか?

f:id:hide123456aki:20180211183712j:image

 

回答 

ありがとうございます、確かにそうですね。実習なので、動画やイラストイメージがある方が良いですよね。
以前は公式のウェブサイトに動画が掲載されていたこともありました。どんな方法がいいんでしょう。。
こういう意見がありましたよと、少し相談してみようと思います。

 

 

体和塾@京橋

月末にヨガと平均化訓練を体験して頂ける会を開催します。

今まで友人を中心に内輪での会にしていましたが、どなたでもご参加いただけます。

ヨガに興味がある方、整体や平均化訓練という言葉をどこかで聞いて興味を持たれた方、ぜひご参加下さい。

 

【内容】
ハートオブヨガと平均化訓練のコラボ、第三弾。

身体をほぐす。ぐにゃぐにゃ動く。いつの間にか、気分サッパリ、爽快になっていく。
ハートオブヨガと平均化訓練。東洋で育まれたふたつの智慧が折り重なると、身心に与える効果は倍増します。

平均化訓練では、平均化訓練の理論に基づきつつ、平均化体操と型稽古(楷書体、行書体、草書体)を体験して頂けます。偏った身体の使い方に気付き、普段使おうとしても使えない働かない部分を育てていくことで、全身を満遍なく使い動いていくことの爽快さをお伝えします。

ハートオブヨガは、一人一人の呼吸に合わせた、伝統的なハタヨガです。自分の呼吸、カラダ、生命と親密になり、大切にしていくための心を育みます。

いずれも、初めての方でも問題なく参加頂けます。

【日時】
1月28日(日)
13時半〜16時半 (平均化訓練: 13時半〜14時半、ハートオブヨガ:14時半〜16時半)
13時から入室可能

【場所】
京橋区民館6号室和室
http://chuo7kuminkan.com/about/kyobashi.html

【最寄り駅】
東京メトロ銀座線京橋駅下車6番出口 徒歩2分
都営地下鉄浅草線宝町駅A5・A6番出口 徒歩2分

【講師】
ハートオブヨガ 的場悠人
平均化訓練 近江秀明

【会費】
2,000円
【定員】
10名まで

【申し込み】
hide123456aki@gmail.comまでご連絡ください。

【備考】
身体を動かしますので、動きやすい服装でお越しください。
着替えも可能です。

ヨガについては、以下を御覧ください。
http://asobukarada.hatenablog.com/

平均化訓練については、以下を御覧ください。
http://heikinka-kunren.com/

http://hide123456aki.hatenablog.com/entry/2016/02/08/232224

今年一年ありがとうございました

生活について。
 
昨年転職を機に10年近く過ごしたつくばを離れて、初めて東京で生活を始めました。
仕事は忙しく、今年の前半は週に何度か深夜まで働くこともありましたが、
今一緒に住んでいる相方のフォローもあってなんとか大きく体調を崩さずに過ごせました。
よくよく真面目すぎると言われて、この部分の力はまだまだ抜け切らないなぁと思いながら過ごしています。
 
整体と平均化訓練について。
 
4年近く平均化訓練という稽古を日々続けています。
平均化訓練について思うことをいくつか簡単に書いておきます。
 
教えること、コンセプト、帰一。
 
教えること。
人が学習をするときに、「学び」として機能しているものは何か。
それは、学習者自身の中に起こっている「経験」です。
 
教えること、「人の学び」を妨げるものは、常に教える人です。
 
学びの方向性を助ける観察力、
自分自身や、相手に起こっていることを見る力をもう少し養って、人の学びの方向性を助けるコーチのような存在であれればな、と思っています。
 
コンセプト。
平均化訓練の世界はとてもシンプルな世界観で成り立っています。
「普段やっていることの反対のことをやろうよ」
それだけです。
稽古の方法は色々あり、深く入れば入るほど、迷うような気もしますが、一つ思い出してみると良いでしょう。
「いつもと逆のことをやろう」「いつもやらないことをやろう」
それは、自分がいつも無意識にしていることを知り、意識に呼び戻していく作業です。
 
帰一。
さまざまな現象の本質はいつも一つなのかもしれません。
 
そこにいる人達の身体が良い方向に一歩進み、皆同じ方向を向いている。
平均化体操の状態は姿勢は違えど、身体の中で起こっていることは皆同じ。
進むべき自然な方向を皆で知り、そこへ向かって進んでいく。
 
ぶつかりばかりの世の中ですが、
調和の方向へ一歩でも進んで行ければ良いなと思い、
すこしずつ平均化訓練の活動を広めていける一年にしていければと思っています。
 
今年一年ありがとうございました、来年もどうぞよろしくお願いします。
 
最後に年明けの平均化体操の会について。
前半では平均化訓練を長年続けているメンバーと一緒に、
楷書体、行書体、草書体の説明と実習を担当する予定です。
後半は、野口晴胤先生が平均化体操の説明と実習を担当されます。
ぜひお気軽にご参加下さい。
 
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※初心者のための平均化体操実習会です。
 
内容:● 楷書体/行書体/草書体(互いに手を合わせて背骨を動かす体操)
   ● 平均化体操
 
日時:2018年1月14日(日) 14:00より16:00
 
会場:月島社会教育会館 4F・第二和室
 
住所:東京都中央区月島4丁目1番1号
都営大江戸線東京メトロ有楽町線「月島」駅より徒歩5 分
 
会費:1,000 円
 
講師:野口晴胤
 
お申し込みは不要です。下記の注意事項をお読みいただき、直接会場にお越しください。
 
注意事項:
・お着替えは、会場5 階の更衣室をご利用頂けます。
・動きやすい服装(裸足は不可)でお越し下さい。
・講座開始後は入場を締め切りますので、遅れないようご注意ください。
・会場での録音、録画はお控え下さい。